11月18日(土)、現在開催中の企画展「山内滋夫展 艸木蟲魚圖」の展示会場にて、洋画家・山内滋夫先生と

美術評論家・土方明司先生の対談方式によるギャラリートークを開催いたしました。

ゲストの土方先生は、川崎市岡本太郎美術館館長及び武蔵野美術大学客員教授でいらっしゃいます。

 

当日は約50名もの方にご来館いただき、開演30分以上も前から席に着かれる方もいらっしゃいました。

 

 

 

 

 

最初に伊藤館長よりご挨拶と、再来年に50周年を迎える当館の創立からの歩みをお話しさせていただきました。

 

 

 

そのあと山内先生の略歴、土方先生の肩書などを簡単にご案内し、お二人にマイクをお渡ししました。

 

対談は土方先生が先導し、質問で山内先生からお話しを聞き出す形で展開されました。

 

 

山内先生ですが、子どもの頃から絵を描くのが好きだったというわけではなく、どちらかといえば読書好きの文学青年だったようです。

今回の企画展を「艸木蟲魚圖」というタイトルにされたのは、高校時代に読まれた薄田泣菫(すすきだきゅうきん)の「艸木蟲魚」が、半世紀を経て、自分の描きたいものに通じるものがあると感じたためです。

 

 

泣菫という詩人ですが、その雅号が、オスカー・ワイルドの詩の一節から取られているように、英文学に精通し語学も堪能でした。

それでいて、彼の書く詩は日本語の古語・雅語を使うなど洒落が効いていました。先生はそんなところがお好きで、ご自身もヨーロッパで過ごし帰国したあと、自分の描きたいものを模索し、現在の日本画的テイストもある独自のスタイルを見つけたことから、シンパシーを感じた部分もあったようです。

 

 

 

 

実際、評論家の先生方も、ピッタリのタイトルだと仰っているそうです。

 

 

 

 

お祖父様であり、絵の師匠でもあった里見勝蔵氏のお話もたくさん聞く事ができました。

里見氏もまた、「白樺」を愛読し、クラリネットや弦楽器を奏でるなど文学や音楽の素養があった方でした。

里見氏の鎌倉のアトリエに日参し学んだことは、里見氏自身のキャラクター同様、

「とにかく独特で強烈なものだった」

と山内先生は云います。

 

 

 

 

絵に関しては基礎をとにかく叩き込まれ、古典と同時に現代絵画も学びましたが、里見氏は人間教育にも優れていた方だったようで、人の生き方について学んだと云います。

その時に学んだ「人生を豊かに面白くいきること」「人生そのものを味わい尽くし極めていくこと」は、山内先生の生き方に大きな影響を与えているようです。

 

 

 

 

パリ時代についても語られました。

山内先生は5年間をパリで過ごされましたが、3年ほどはスランプで引きこもり、小説を読んでばかりいたそうです。

 

そんなとき、里見氏からの口添えでベルナール・ロルジュに出会います。

ロルジュも里見氏同様、快活で自己実現する強さに満ちた人物で、アトリエを訪れると絵そのものが輝いていたそうです。

ロルジュの教えは、「個性的であれ」「誰の真似もするな」「でも基礎は押さえろ」それから「里見勝蔵からは離れて自分のスタイルを見つけろ」

「西洋古典の呪縛から離れろ」でした。

そしてフランスから帰国後、「自分の絵画とは何だろう」と模索し、自分の描きたいように描くことができるようになった結果、洋画や日本画のジャンルに捉われず、

ただ一目瞭然で山内滋夫の作品であることがわかる、現在の作風が確立しました。

 

 

 

「この時代を素直に描きたい」山内先生は云います。

 

 

 

 

若い頃から日本の伝統美術、古典文学、絵画にシンパシーを持ってはいても、それが絵に反映されるのは嫌だったそうです。

「古いものを勉強するのもいいが、今の時代を描けるのは僕たちだけ、それが僕たちの特権」

そう仰る山内先生は『考古学』ならぬ『考現学』を体現した作品を、これからも描き続けることでしょう。

 

対談は一時間に渡りましたが、あっという間でした。

 

最後には客席にいらっしゃいました日本画家・東京芸術大学名誉教授の中島千波先生より今回の企画展についてのご感想などをいただき、

 

 

活気ある雰囲気の中、おひらきの時間となりました。

 

 

 

山内先生、土方先生、中島先生、ご来館いただいた皆様に心より感謝いたします。

 

 

「山内滋夫展 艸木蟲魚圖」は、2024年1月9日(火)まで開催しています。